ある作家の日常 meiko view その2
2004年4月7日 連載 先生が本当に作家だったなんて驚きました。
手紙を一部抜粋
あの人に会った翌日も私は散歩していた。
最近は症状も軽くて、お散歩程度なら許されている。
私の知っている子は部屋から出る事も出来ない。
その子に比べると私はまだ自由な方だろう。
でも鳥かごの鳥を室内犬が不憫に思う事と私がその子を不憫と感じる事は同じ
自由を知らない者が自分より不自由している者に自由の良さを語るようなものだ。
今日も同じ道を通って同じ場所に行く
これといって特別な事はしない
でも、それを自由と錯覚している自分と鳥かごの鳥に違いなんてあるのだろうか…
また、今日もあの木の前に着いた。
やっぱり、彼も来ていた。
背格好から想像して歳は二十代後半だろうか…
昨日のノートを開いて、何か書いている。
彼の邪魔にならないように私は静かに腰掛ける
でも、古いベンチの微かな軋みで、彼に気付かれてしまう。
邪魔しないように考慮したのに効果がなかった。
昨日は何も話せなかった。
今日は私から話しかけてみようと思った。
「こんにちは、何を書かれているのですか?」
彼のノートを見て聞いてみる。
そうすると意外な答えが返ってきた。
「いやはや、私の本業は作家なんですよ。」
屈託なく言う
「感動した事は書き留めるようにしてるんです」
そしてまた、書いていく。
「そうなんですか」
この人の病気は多分、心のものなんだ。
きっと、自分を作家なんだと思い込んでいるに違いない
そういう人はたまにいる。
だから多分、彼もそういう類の人なんだ。
見た目には変わりのない普通の人に見える
実際、普段着なら来院者と思ってしまうだろう。
でも、彼は病気なのだ。
私は、彼が何か書いているのを尻目にそそくさと帰ってしまった。
彼はちらりとこちらを見たが、事も無げにまた書き出した。
あの時、先生が励ましてくれたから
手紙を一部抜粋
その日は酷い胸騒ぎがした。
昨日の夜に、私の知っている子の容体が悪化したらしい。
何故、私が知っているのか?
その子の家族が呼ばれて来ていたからだ。
今朝、目がさめると看護婦さんに尋ねた。
「ああ、昨日の事?あの子の症状が軽くなってきたから自宅療養に切り替えたのよ」
そう答えられたけど、それは嘘だ。
自分の身に降りかからなくても死は患者に悪影響を及ぼす
だから、死に関わる事を私から遠ざけるんだ。
そんな事があり、私はとても沈んでいた。
そんな気分を紛らわせようと散歩する事にした。
じっとしていたくなかったからだ。
また、あの木の前に来た。
あの人は今日も座っていた。
私は彼のとなりに腰を降ろして
「どうして人は死ぬの?」
と聞いた。
この衝動的な行動の意味はわからない。
でも、彼ならその答えを知っているような気がしたのだ。
「………」
彼は無言だった。
彼も何も答えてはくれない。
当然だ、そんな事わかる人間なんていないのだから。
でも…
「どうして答えてくれないの?作家なんだから、何か言ってよ」
私は俯いた、嘘でもいいから、何か答えが欲しかった。
誰かに何かを答えて欲しかったのだ。
私は俯いたまま自分の行動を恥じていた。
なんだか、とても子供じみていると思ったのだ。
「人の死…」
彼はそう切り出した。
「君は人の死を問うのかね?」
彼は不意に私に問いかけてきた。
「そうよ」
私は答えた。彼はノートを閉じて私の方を向いた
「人が死ぬという事は自然な事だ」
そんなありふれた事を言った。
そんな事、私でも知っているわ!
「だけど、同時に人には何故『死』があるのかを考えることも自然な事だ」
そう、人が死ぬ事も死を問う事も必然なのだ。
「でも、この答えは残念ながら存在しない」
強い口調で彼はそう言いきった。
「君が、どうしてそこまで悩むのかを聞きたいね。そうすればもっと適確な答えをあげられる」
私は彼に事の一切を話した。
彼は少し悩んでいたが口を開いた。
「君の友人が死んだ、だから悲しんでいる…」
それは答えではなく考えを整理する為の独り言のような言葉
「私は、もしも、自分が死んだらあまり悲しんで欲しいとは思わないな。」
彼はそんな事を口にした。
「どうして?」
私は聞いた。
「考えてもみたまえ、この世にいない自分を悲しんでくれても進歩が無いだろう。私なら自分の死に捕らわれずに、それを乗り越えて成長してくれる方が嬉しいね」
「意味がよくわからないわ」
率直な感想だった。
「もしも、仮に天国なんてものがあるなら、君の友人は君を見て困っていると思うな。だって、君が悲しんでいても自分は何もしてあげられないんだから。」
「それって?」
「死んだ者の事を思うなら、人の死というものに捕らわれるな。私はそう言いたいね」
「なんだか冷たいのね」
「でも、他所では葬式を賑やかにする国もあるんだよ?」
「どうして?」
「死者とて、辛気臭いのは嫌いなのさ」
そんなやり取りを続けた。
自分が後向きだからだろうか…彼は常に前向きに見えた。
「でもね、これだけは言いたいな。」
彼は一呼吸置いて続けた。
「捕らわれる事は良くない、でも、忘れる事もしちゃいけない」
難しいけどそういう事さ、と彼は付け加えていた。
たしかに、私があの子にしてやれる事は無い。
また、あの子が私に出来る事も無い
だから、捕らわれず、忘れないように生きろという。
これは彼なりの励ましかたなんだろうか…
手紙を一部抜粋
あの人に会った翌日も私は散歩していた。
最近は症状も軽くて、お散歩程度なら許されている。
私の知っている子は部屋から出る事も出来ない。
その子に比べると私はまだ自由な方だろう。
でも鳥かごの鳥を室内犬が不憫に思う事と私がその子を不憫と感じる事は同じ
自由を知らない者が自分より不自由している者に自由の良さを語るようなものだ。
今日も同じ道を通って同じ場所に行く
これといって特別な事はしない
でも、それを自由と錯覚している自分と鳥かごの鳥に違いなんてあるのだろうか…
また、今日もあの木の前に着いた。
やっぱり、彼も来ていた。
背格好から想像して歳は二十代後半だろうか…
昨日のノートを開いて、何か書いている。
彼の邪魔にならないように私は静かに腰掛ける
でも、古いベンチの微かな軋みで、彼に気付かれてしまう。
邪魔しないように考慮したのに効果がなかった。
昨日は何も話せなかった。
今日は私から話しかけてみようと思った。
「こんにちは、何を書かれているのですか?」
彼のノートを見て聞いてみる。
そうすると意外な答えが返ってきた。
「いやはや、私の本業は作家なんですよ。」
屈託なく言う
「感動した事は書き留めるようにしてるんです」
そしてまた、書いていく。
「そうなんですか」
この人の病気は多分、心のものなんだ。
きっと、自分を作家なんだと思い込んでいるに違いない
そういう人はたまにいる。
だから多分、彼もそういう類の人なんだ。
見た目には変わりのない普通の人に見える
実際、普段着なら来院者と思ってしまうだろう。
でも、彼は病気なのだ。
私は、彼が何か書いているのを尻目にそそくさと帰ってしまった。
彼はちらりとこちらを見たが、事も無げにまた書き出した。
あの時、先生が励ましてくれたから
手紙を一部抜粋
その日は酷い胸騒ぎがした。
昨日の夜に、私の知っている子の容体が悪化したらしい。
何故、私が知っているのか?
その子の家族が呼ばれて来ていたからだ。
今朝、目がさめると看護婦さんに尋ねた。
「ああ、昨日の事?あの子の症状が軽くなってきたから自宅療養に切り替えたのよ」
そう答えられたけど、それは嘘だ。
自分の身に降りかからなくても死は患者に悪影響を及ぼす
だから、死に関わる事を私から遠ざけるんだ。
そんな事があり、私はとても沈んでいた。
そんな気分を紛らわせようと散歩する事にした。
じっとしていたくなかったからだ。
また、あの木の前に来た。
あの人は今日も座っていた。
私は彼のとなりに腰を降ろして
「どうして人は死ぬの?」
と聞いた。
この衝動的な行動の意味はわからない。
でも、彼ならその答えを知っているような気がしたのだ。
「………」
彼は無言だった。
彼も何も答えてはくれない。
当然だ、そんな事わかる人間なんていないのだから。
でも…
「どうして答えてくれないの?作家なんだから、何か言ってよ」
私は俯いた、嘘でもいいから、何か答えが欲しかった。
誰かに何かを答えて欲しかったのだ。
私は俯いたまま自分の行動を恥じていた。
なんだか、とても子供じみていると思ったのだ。
「人の死…」
彼はそう切り出した。
「君は人の死を問うのかね?」
彼は不意に私に問いかけてきた。
「そうよ」
私は答えた。彼はノートを閉じて私の方を向いた
「人が死ぬという事は自然な事だ」
そんなありふれた事を言った。
そんな事、私でも知っているわ!
「だけど、同時に人には何故『死』があるのかを考えることも自然な事だ」
そう、人が死ぬ事も死を問う事も必然なのだ。
「でも、この答えは残念ながら存在しない」
強い口調で彼はそう言いきった。
「君が、どうしてそこまで悩むのかを聞きたいね。そうすればもっと適確な答えをあげられる」
私は彼に事の一切を話した。
彼は少し悩んでいたが口を開いた。
「君の友人が死んだ、だから悲しんでいる…」
それは答えではなく考えを整理する為の独り言のような言葉
「私は、もしも、自分が死んだらあまり悲しんで欲しいとは思わないな。」
彼はそんな事を口にした。
「どうして?」
私は聞いた。
「考えてもみたまえ、この世にいない自分を悲しんでくれても進歩が無いだろう。私なら自分の死に捕らわれずに、それを乗り越えて成長してくれる方が嬉しいね」
「意味がよくわからないわ」
率直な感想だった。
「もしも、仮に天国なんてものがあるなら、君の友人は君を見て困っていると思うな。だって、君が悲しんでいても自分は何もしてあげられないんだから。」
「それって?」
「死んだ者の事を思うなら、人の死というものに捕らわれるな。私はそう言いたいね」
「なんだか冷たいのね」
「でも、他所では葬式を賑やかにする国もあるんだよ?」
「どうして?」
「死者とて、辛気臭いのは嫌いなのさ」
そんなやり取りを続けた。
自分が後向きだからだろうか…彼は常に前向きに見えた。
「でもね、これだけは言いたいな。」
彼は一呼吸置いて続けた。
「捕らわれる事は良くない、でも、忘れる事もしちゃいけない」
難しいけどそういう事さ、と彼は付け加えていた。
たしかに、私があの子にしてやれる事は無い。
また、あの子が私に出来る事も無い
だから、捕らわれず、忘れないように生きろという。
これは彼なりの励ましかたなんだろうか…
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